住苑さんのひとり言
| その1 「建築とは自然の一部である。」 (2002/01/30) |
動物たちが「巣」を作るように人間もまた「家」を創る。 人工物と言われる建築も、所詮は自然の産物である。 しかし、本能によって営まれる「巣」と、意思を持って創られる「家」との大きな違いは、家には「夢」が介在している事である。住み手は、その家の中で繰り広げられる人生に「夢」を抱き、創り手はその建築の果たす大きな役割に「夢」を抱く。「夢」のない建築はただの「箱」である。 住み手と創り手の織り成すふたつの「夢」が調和され、融合された時、建築は、あたかも無機物から有機物が生まれるが如く、形態に生命が宿り、ひとつの「家」が誕生する。 その自然の産物であるはずの建築も、今日では往々にして、自然に逆らう存在になっている。 自然とは、人間にとって、相対して戦う敵ではなく、共存する仲間である。 自らが自然の一部であることを忘れてしまった建築は、もはや自然を友とすることはできず、孤独な建築人生を送っていくことになるであろう。そのような不幸な建築が今後増えないことを、切に願う今日このごろである。 |
| その2 環境問題を「売り物」にするな!(2002/07/17) |
住苑の建築例の中にある「I邸」は、何年か以前に「環境デザイン大賞」という賞に入選させていただいた建築である。しかしながらこの建築は、当時特別に環境問題を意識して設計されたものではない。むろん、これに使用されている建築材料等は、住環境のみならず社会環境に悪影響を及すものは極力排除されてはいる。つまり、設計段階では意識するしないに関わらず、建築として、ちゃんと環境を考慮したものとなっているのである。世の中に建築というものを創り出す事を仕事にしている人間にとって、こんな事は『あたりまえの事』でなければならないし、環境問題を特に売り物にするのは何か間違っているのではないだろうか。もしかしたら、「環境デザイン大賞」という賞が存在しなくてはならない事自体が問題なのではないだろうか。 今から10年ほど前、私自身も環境問題を非常に「意識」していた時期があった。まだ「シックハウス」という言葉もあまり聞かなかった時代だったと思う。当時はいくら環境問題を力説してみても「経済的効率」というお題目の前にはしばしば無力であった。しかし現在、アレルギー症などの原因に建築も少なからず関与している事が解明され、人々の関心が健康的な住環境にかなり向いてきている。すると、商売に目ざとい建築業者たちは、すぐさまそれを「売り物」にし始める。世の中の流れというものはそうして変化していくものだと分かってはいるものの、端で見ていて残念な限りである。でも、そのお陰で、自分の仕事もやりやすくなった事だし、まぁ、ヨシとするか。 |